特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus: iNPH)
最近は健康に対する一般の人々の関心が非常に高くなりました。どの新聞や週刊誌でも、 病気に関する記事を必ず連載しています。特発性正常圧水頭症も、「治療可能なぼけの原因疾患」 として新聞や雑誌を通して一般の人々に広く知られるようになった疾患です。 簡単な手術で症状は劇的に改善しますが、残念なことに医師の間でもまだあまり正しく認識されているとはいえません。 病名について 「特発性」はよく「突発性」と間違えられます。「突発性」は「突然起こる」ことで、 「突発性難聴」など用に使います。「特発性」というのは、要するに「原因が分からない」と いうことを漢語で言っただけのことです。英語では idiopathic (イディオパティック)といいます。 「正常圧」ということは、脳脊髄液の圧が正常であると言うことです。英語では normal pressure といいます。 子供の水痘症では圧が高くなることが多いので、これは不思議なことです。「水頭症」というのは 「頭の中に水(脳脊髄液)がたまる」といいうことで、英語では hydrocephalus と言います 。続けて書くと、idiopathic normal pressure hydrocephalus で、専門医の間では単語の頭文字を取って iNPH と呼んでいます。
この疾患が知られるようになってすでに40年経ちます。NPH(i がついていません)は、 脳神経外科医の間ではクモ膜下出血や髄膜炎などの後に歩行障害、失禁、痴呆(認知症)の 3つを起こす病態として良く知られています。これらは原因がはっきりしている、いわば続発性 NPHです。 最近話題になっているのはiNPHで、何の原因も見いだせないのにこれら3つの症状を引き起こすNPHです。 この病気は70歳以上の高齢者に見られることが多く、症状も歩行障害のみという場合があり、 CTやMRIをとっても、「脳萎縮」と診断されることが多いようです。
診断には腰椎穿刺(背中から針を刺す)で脳脊髄液を排除し、症状が改善するかを 見るテスト( tap test )を行います。特発性正常圧水頭症であれば脳脊髄液を30〜50ml排除すると 翌日には歩行障害が改善します。様々な研究がされていますが、画像診断(CTやMRIなど)で 正しく診断できるものは今のところないようです。
1回の髄液排除でかなり長期にわたって症状の改善を見ることもありますが、 すぐに元に戻ってしまう場合もあります。この場合には手術が必要となります。 手術は、脳脊髄液を持続的に排除するために様々な方法が工夫されています。 代表的なものとしては脳室腹腔短絡術(ventriculo-peritoneal shunt, VP shunt)、 腰椎腹腔短絡術(lumbo-peritoneal shunt, LP shunt)、脳室心房短絡術 (ventriculo-atrial shunt, VA shunt)があります。現在広く行われているのはVP shuntです(多分95%以上)。 私は手術する範囲が狭い、手術当日から歩き出せる、便秘などの影響で髄液の流れが悪くならない、 お腹の手術創が尿で汚れない(失禁のある場合)などの理由で、特発性正常圧水頭症に対しては VA shuntを選択しており、良好な成績を収めています。 多くの基幹病院で手術件数がインターネット上で公表されていますが、年間手術件数が300例を超える 脳外科施設でもiNPHの手術件数は数例という病院がほとんどです(実際にお調べください)。 私はこれまでの2年間ですでに200例以上の患者を診断し、その内の50例近くを手術しました。 80歳を過ぎても症状の改善が見られます。
iNPHは6万人から8万人の患者がいると言われています。
この疾患が高齢者に多いということを考えると、今後患者数は非常に多くなることが予測されます。
CT, MRI では正常あるいは脳萎縮と診断されてしまうことが多く、ほとんど見逃されているのが現状です。
年を取って転びやすくなったら専門医にご相談ください。
おおたかの森病院 脳神経外科 高木 清